2018年05月20日 17:16  カテゴリ:子育てカテゴリ:勉強カテゴリ:

焦って失敗ばかりする子の気持ち




武道の鍛錬や団体行動訓練の最中は除きますが、子供にあまり言わない方が良いなあと感じている言葉があります。

早くしなさい!


です。

塾の子に「靴を履いて外で待っててね」と言いますと、大抵の子は何事も無く靴を履いて外で待っていてくれます。

ですが折々出くわすのが、必死の形相で靴紐を結んで転げるように外へ出て行く子です。

かわいそうに、それでは当然靴紐も上手く結べているわけはなく、それでつまずいたり、あげくは何かにぶつかって壊してしまったりします。



見ていて誠に気の毒になります。

またそうした子は万事がそういった調子で、何事につけ焦っています。

しかし焦れば必ず本来の力を発揮しにくくなりますし、何より失敗が多くなります。

そのせいで、本人は必死に頑張った結果なのに「そそっかしい!」「注意が足りない!」と否定的な言葉ばかり浴びせられて自信を失い、しかも常に焦っているので大変疲れ果てています。

これでは勉強どころではありません。

なぜそうなってしまうのでしょうか。



その子のお母さんと三者面談などしますと、原因が何となく見えてきます。

車の乗り降り、塾の帰り際などに「早くしなさい!」「ちゃんとしなさい!」「まったくもうあなたは◯◯なんだから!」と、必要の無い場面で子供を責め立てています。

もちろんお母さんに悪気のあろうはずがありません。早くテキパキ、きちんと行動できる方が良いに決まっているからです。

しかしあまりに言い過ぎて子供を追い詰めてしまったら。

焦って失敗ばかりする子になってしまう気がします。

子供を少しだけ待ってあげよう


発達の度合いも個性もその子その子で違います。生来テキパキ動ける子もいれば、ゆっくりな子もいます。

その子の能力を超え、かつ無用な急き立てばかりしていると、子供の心にそれが刷り込まれてしまって「なんでも早くやらないと怒られる」という恐怖心でいっぱいになってしまいます。

当然、人から何か指示されれば、焦ってしまいます。焦って何がなんだか分からなくなって失敗ばかり。

これがそうした子の心の中です。

だとすれば、我々は子供の行動が思うようでは無くても、それを待ってやれる大人でありたいものです。

私たちの塾では、子供の行動に焦りが見られた場合は、一旦その行動をやめさせます。

「ゆっくりやれば良いんだよ。大丈夫」

そう声かけしてから再開させてやれば、それだけで失敗はほとんど無くなります。

すぐに疲れ果ててしまう事も無くなります。



理由と具体的な指示だけを伝えよう


しかしながら日常生活の中ではどうしても急かさなければならない場面が出てきます。

そうした場合には「早くしろ」とは言わずに「急がなければならない理由」と「その為に今しなければならない事」だけを具体的に指示してやるようにしましょう。

「◯時に家を出ないと間に合わない」「だからまずは顔を洗って」という具合に。

そして子供が頑張って物事を早く終わらせたら「偉いぞ、良く頑張ったね」と必ず褒めてやりましょう。

そうすれば子供は焦りからではなく、意欲で行動できるようになるでしょう。

そうなれば子は強くなります。
  
  • LINEで送る


Posted by 仲川学院 │コメント(0)

2018年05月18日 23:21  カテゴリ:子育てカテゴリ:勉強カテゴリ:

我慢しても良い事は無い、と思わせてはならない



世の親御さんを大いに悩ませる事案に、お子さんのゲームやスマホの使用過多があります。





本日のブログのメインテーマはそれです。

ただしその前に、しばらく余談にお付き合い下さい。

私たちのような個別指導塾で、かつ個人経営ともなりますと、本当に様々なタイプのお子さんを託されます。

目に見えないハンデを負った子もいます。

そうした時、「この子にはハンデがあるから仕方ない。まあいいや」と見放すくらいなら、看板下ろして死んだ方がましです。

なので子供が負うハンデについては学べるだけ学びます。

文献を読みあさり、講習会が有ると聞きつければ出席し、受け入れた子に主治医がいれば、出向いて意見を聞き。

そうした中で、ある高名な小児精神科医の先生がおっしゃったのが、首題の言葉です。

我慢しても良い事は無い、と思わせてはならない


誠にその通りだと思います。

我慢とはある意味でチャンスロスであり、一時的にはマイナスの感情さえ覚える損な事です。

では何のために我慢するのか?

大人の皆さんなら分かりますね。

その先にある大きな希望を掴み取るためです。

我慢する為だけの我慢は、人間の生きる意欲を弱めていきます。

さて本題に帰ります。

ゲーム、スマホの使用時間を短くする事を目的にすると多くの場合失敗します。取り上げてもそれほどの成果はあげられません。

それは我慢だけを強いる事だからです。

我慢して良かったと思わせてやる事


これを子供に繰り返し繰り返し教える事が、我慢強い子を育て、自制心の強い子を育てます。

これを利用すれば、問題の解決の糸口が見えてきます。

つまり子供がゲームやスマホの使用を我慢したら、それに応じたご褒美を用意してやるのです。

事前に子供とよく話し合って1日の利用時間を決め、それを一ヶ月守れたら、例えば小遣いをアップしてやるなど。

子供を金や物で釣るのは下卑た事かもしれません。しかしそれで子供の生活が改善され、親の方の気苦労も減るなら、誰も困りません。双方がハッピーです。ご褒美はどんどん使おうではありませんか。




二つのご褒美


しかし忘れてはならない事があります。

ご褒美には二つの側面があるという事です。

「人のご褒美」と「物のご褒美」です。

このうち、より大切なのは「人のご褒美」の方で、物やお金だけ渡したのでは大した効果は見込めません。

ご褒美を渡す時には、「良くやったね」「偉かったね」と、満面の笑みで渡してやりましょう。

この時ご褒美は最大の効果を発揮します。

ぜひ一度お試しください。
  
  • LINEで送る


Posted by 仲川学院 │コメント(2)

2018年05月17日 21:08  カテゴリ:子育てカテゴリ:

嫌われない事を目的にするとなぜかおかしくなるわけ




またしても本題から外れたブログで申し訳ありません。

この四月から五月にかけて塾生からよく相談される事の一つに「新しい学校やクラスに馴染めない」という問題があります。

そうした時に私がよくアドバイスしている「2対6対2の原則」の話しを紹介させていただきたいと思います。



「2対6対2の原則」


人が無作為に集団になった場合、あなたに極端な個性が無ければ、例えば私のように人並み外れて声がでかいとかが無ければ、集団の二割はあなたに好意を持ちます。別の二割はあなたを嫌います。そして残りの六割はあなたに対して特別な思いを抱きません。

これは自然にそうなります。

大学の恩師の教えですので、出典を明示出来ないのが難でありますが、私の経験則から言っても、これはほぼ正しいと思います。

で、人間関係を器用に広げていける人は、自然に好意を持ってくれる二割と無理のない交流を始めます。そうすればその交流は自ずと特別な思いを抱いていない六割の方にも広がって行きますので、集団の八割と仲良くなれます。

そうなれば、その集団はあなたにとって居心地の良い場所になります。



交友関係の広がっていかない子


ところが集団に馴染めない子は、どうしても自分を嫌う二割の方に目を向けてしまいがちです。

嫌われたらどうしようという思いに駆られ、いきおい「嫌われない為に」という事を、全ての基準にして行動してしまいます。

こうなるとせっかく好意を向けてくれている二割の子たちとの交流も緊張に満ちたものになり、加えて嫌ってくる二割は、これはもう自然の摂理で嫌ってくるわけですから、本人がどう行動したところで改善される事はありません。

かくして集団にいる事が辛くなってしまいます。

嫌われる事は受け入れ、そして受け流そう


どこへ行って何をし、何を言おうが、残念な事に誰しも二割の人には嫌われてしまいます。

であれば、その事を気に病むよりは、我々は我々の生きたいように生き、したい事をしようではありませんか。言いたい事を言おうではありませんか。

非常識な事や、故意に人を傷つけるような事はいけませんが。

自然な心の動きを大切に行動すれば、自然な交流が生まれ、そしてそれは広がっていきます。

もしもこの事に共感ができたなら、そしてもしも皆さんの大切なお子さんが集団に馴染めないなら、2対6対2の話しをしてあげてみてください。

  
  • LINEで送る


Posted by 仲川学院 │コメント(2)

2018年05月14日 16:44  カテゴリ:子育てカテゴリ:勉強カテゴリ:

熱血、再びたぎる



私は学校が生徒の将来を切り開こうとしてくれるなら、いくらでも学校に協力します。

逆に生徒の将来を潰そうとするなら、どこまでも学校と戦います。

よくあるのが「目に見えないハンディキャップ」を抱えた子を、ただの甘え、怠けとみなして、無用に責め立てて潰してしまう事例です。

また、進学先を限定してしまうこともあります。

私は声を大にして言いたいですが、ブログでは声はあげられませんので、文字だけ大にして言いたい。

ふざけるな



学校からは無理と言われても、うちではきちんとその子の特性に合わせて指導し、意欲と希望を回復させ、希望の高校に合格させています。

最近は私の熱血も、しばらくは平穏に過ごしておりましたが、また今日、それをたぎらせてくれる出来事がありました。

学校へ行けたり行けなかったりするのは甘えじゃない。本人なりの必死の戦いだ。

素人ならまだしも、仮にも免許を取った先生なら、世の中にはいろんな子がいる事を知っておけと思います。  
  • LINEで送る


Posted by 仲川学院 │コメント(3)

2018年05月13日 15:16  カテゴリ:子育てカテゴリ:勉強カテゴリ:

母親の使命



さて、母の日であります。

母の日のブログが、わんさかであります。

私にとって母とは非常に重いテーマで、書くことに大変戸惑いを覚えますが、どうしても伝えたい事があり寄稿させていただきます。

まずは産んでくれた実のお母さんありがとう。

そして第二の母として私を育ててくれた、今は天国にいるおばあちゃん。

私はおばあちゃんがいなければ、今頃は生きていなかったと思います。

育ててくれて本当にありがとう。

今日は仕事でお参りもままなりませんが、ここで感謝の言葉を言わせてください。

そして世のお母さん。

どうか子供を精一杯可愛がってあげてください。

母親が命の次に、子供に問答無用で授けなければならないものは、

生きている事は楽しい。生まれてきて良かったという感覚だと私は信じます。

人生の前半でこれを感じられた子は、人生の後半も幸せに過ごせるようです。

反対に人生の前半でこれを感じられなかった子は、後半でも大変な苦戦を強いられるようです。

これからも頑張って良いお母さんでいてください。

そして良い母の日をお過ごし下さい。  
  • LINEで送る


Posted by 仲川学院 │コメント(0)

2018年05月13日 11:58  

受験が変えた男





馬鹿の一念、岩をも通し高校にも受かる


のっけから教育者にあるまじき単語から始めてどうもすみません。

私の知っている、ある男の話しをしたいのですがこの男、本当に筋金の入った極め付けの馬鹿だったので仕方ありません。

ウン十年前の事になりますがこの男、随分すさんだ中学生で、学校に来ればしょっちゅう誰かとケンカし先生は殴ってしまうわで、どうしようもないやつでした。

内申なんか当然一桁です。9教科もあるのに、合計して一桁ということは、そうです、そういう事です。全部1です。

ところが一丁前に少しだけは脳みそがありましたので、中三を迎えるにあたり、「俺は本当にこのままでいいんだろうか」と、ブザマにも悩み出しまして、「そうだ。やっぱり高校へ行こう」と思い立ちました。

最初の進路相談で担任にそう告げた所、返って来た言葉は「お前なんかには高校など受験させない」という内容のものでした。

頭にきたこの男、しかしやっぱり馬鹿なので「うるせえ! 俺は◯◯高校に受かってやらあ!」と啖呵を切ってしまいました。

◯◯高校は、当時は合格すると岡崎市内なら誰もが「すごいじゃん」と言ってくれる高校です。受験するにあたっても、内申が30点は必要でした。

その日から彼と、彼に高校受験をさせまいとする学校側との戦いの日々が始まりました。

「しまった。もう少し簡単な高校に受かってやらあと言っておくんだった」と彼は悔やみましたが、言ってしまったものはもうどうしようもありません。ここにも彼の馬鹿さ加減がよく表れています。

合格しなければただの笑いものです。それだけは死ぬほど悔しかったのでこの男、勉強を始めました。

しかしその勉強の難しいのなんの。


「なんだこれ? 5から7なんか引けるわけないじゃないか」「ああ? 藤原のかたまり? なんて変な名前なんだ」

全てがこんな調子で、無駄に時間ばかり食ってさっぱり学習が進みません。

気がつけば徹夜という日々が続きました。

とりわけこの男が苦労をしたのが英語だそうで、読めもしません。

余談ですが、この経験からか、彼は今でも英語は嫌いだそうです。

どうにも困り果てた彼がとった窮余の一策が、やっぱり馬鹿です。「いっその事、全然分かんないなら、教科書丸ごと一冊覚えちまえ! なんとかなるかもしれねえ」

彼はろくに読めもしない英文の丸暗記に挑みました。読めもしないのですから、アルファベット一文字一文字覚えていくわけで、それはそれは大変な事だったそうです。

しかし当たり前と言えば当たり前なのですが、他の生徒の二年分の学習量を数ヶ月でこなせるはずはなく、一学期の成績は暗澹たるものでした。

励ましてくれる人間など一人もいません。

「やっぱ受験なんかやめよう。気ままな人生送ろう。」と一度は思ったそうです。

しかし担任のせせら笑う顔が思い浮かんでくると、それがなんだか、がむしゃらに悔しく、再び机に向かいました。

人生を変えた一冊





そしてとにかく課題の提出が内申に大きく影響を与えるらしい事を知った彼は、人生初の読書感想文にも挑みました。

しかし、やっぱりここでも馬鹿です。その対象本に、それがどれ程難しいか知らないまま、夏目漱石の「こころ」を選んでしまいました。

日本最高の小説家とか言われてるおっさんの本だから、多分いい点をくれるんじゃないかと考えたらしいです。

読み始めてすぐ激しい後悔に襲われたのは言うまでもありません。しかし彼は「いい点を取って挽回するんだ」と執念を燃やして、辞書を片手に読みきりました。

良くは分からないものの、激しい感動を覚えたそうです。この本の内容そのものと、難しい本を読み通したという自信は、彼のその後の人生を大きく変えました。

その頃から、教科書を読んでも、わかるようになって来たそうです。理解のスピードが段違いになり、勉強がはかどるようになってきました。

1日12時間以上の勉強漬けの夏休みが終わった頃から、彼の成績は突然上がり出しました。

頑張っても頑張っても上がらなかったものが上がり出した事は、「続けた努力は突然実る」というわけの分からない格言めいた信念を彼に与えました。

いよいよ秋も過ぎ、冬。徹夜続きで熱を出しながらでも、彼はもう、勉強の手をとめる事はありませんでした。

担任の顔を見ると「フン!」と鼻を鳴らしながら。

終生の恩師



年も押し迫った二学期の終わる数日前、その担任が突然家にやって来ました。

「何しに来やがったこのやろう」と思っていたところ、担任の先生は彼の保護者を前にして言ったそうです。

「お前の努力は良くわかった。俺が味方になってやるから◯◯高校受けて見るか?」と。

「受けるに決まってるだろ」と悪態をつきながらも、彼は泣くのを必死でこらえたそうです。

いよいよ彼の受験レースへの参戦となりました。

しかし彼の確定内申は30点には遠く及ばず、◯◯高校受験者史上、最低の内申点で当日試験に挑むことになりました。

試験当日までの彼の勉強量は、普通に頑張っている受験生の2倍に及ぶものでした。

しかし正直に言って、彼は本当はもう受かる事はないと諦めていたそうです。しかし担任の先生の気持ちにだけは応えようと、努力をやめる事だけはするまいと、ただそれだけのために頑張っていたそうです。

俺の合格発表を返せ





当日試験が終わり、解答速報を見ながら自己採点をし、担任の先生に報告に行った時、「お、すごい点だ。学年トップじゃん。良く頑張ったな」と言われた時、彼はすがすがしい気持ちになったそうです。先生の恩義にだけは応えられたと。滑り止めの方の私立高校で、今度は初めから勉強をし直そうと、彼は決心していました。

合格発表の日、担任から「見に行くように」と言われていたので、一応は見ておくか、という気持ちで高校へ出向きました。

その道中いろいろ考えたそうです。「自分の番号の載ってない発表なんか見て意味があるのか」「いや、もしかしてなんかの間違いで載ってたりして」など。そう思い出すとドキドキしてきました。

先に発表を見てきた同級生が彼と顔を合わすなり言ったそうです。

「うちの中学から受けたやつ、誰も滑って無かったぞ」と。

大バカ野郎、俺の目でそれを確かめたかったのにと、彼は思いましたが、もうどうにもなりません。






本気の努力は敵さえも味方にし、人生を根こそぎに変えます。

どうしても今が辛いなら、この話を思い出してみてください。

奮起しましょう。立ち上がりましょう。人生変えましょう。

この筋金入の大馬鹿男は、今では学習塾なんぞの先生になっているそうです。  
  • LINEで送る


Posted by 仲川学院 │コメント(0)

2018年05月13日 07:23  カテゴリ:子育てカテゴリ:勉強カテゴリ:

重荷を背負った子供達

勉強しろといくら言ってもしない子について考えてみる③


さて、本題のブログ3回目です。今回は勉強する前から疲れてしまっている「重荷を負った子」について考えてみたいと思います。



大人でも心配事や悩みがあれば、仕事が手につきませんよね。

同じ事が子供にも起きているかもしれません。

重荷で倒れる子とは

家族の中に嫌なムードが漂っていれば、子供はそうしたものには非常に敏感ですから、たちどころに感じ取ってしまいます。

そうした時、一番先に潰れてしまうのは、一番弱い子ではなく一番優しい子です。

なぜならそうした子は、なんとか家庭の中を良くしようと必死で立ち回るからです。

子供は言うまでもなく愛を充分にもらって心を育ててもらうものです。なのにその子供が周囲に精一杯愛を与え、家庭の中をなんとかしようとする。

こんな痛ましいことはありません。

子供は自分が蓄えていたほんのわずかな愛も、心のエネルギーも全部使いはたしてしまいます。

これでは勉強どころではありません。

子供が復讐に走る時



さて、子供の懸命の努力にもかかわらず家庭の中が良くならなかったら、子供の心を無視し続けた家庭に、子供は復讐に出ます。

これは当たり前です。

復讐のやり方はいろいろです。家庭内暴力。非行、引きこもり、自傷行為など。

不良少年や引きこもりの子供たちは、実は誰よりも優しい子供だったのかもしれません。

そこに気付く事が出来れば、解決の道も見えてくるかもしれません。

子供の養育環境を良いものに整えてやるのは、大人の責任です。

重荷を取ってやらなければ、子供が勉強に向かう事はありません。

子供に勉強しろと言う前に、子供が重荷をおろせる環境をまず整えましょう。

  
  • LINEで送る


Posted by 仲川学院 │コメント(0)

2018年05月12日 09:37  カテゴリ:子育てカテゴリ:勉強カテゴリ:

打てる手はいくらでもある


「打てる手はいくらでもある」の巻

みなさんこんにちは。

職業柄、青少年の悩みをよく聞きます。悩む事は真面目な証です。人生をなんとかしようと必死に取り組んでいる証のようなもんです。偉いもんです。頑張って下さい。

学校へ行けない、友人とトラブった、進路に行き詰った、もう死のうか、など内容は様々で、悩みの対象も様々です。まさに変幻万化です。

しかし、変幻万化というものの、そこにはある共通点があります。

それは何か?

苦しみを逃れる方法は一つしかないと思い込んでいる点です。

しかしそんなことはありません。

みなさんが不幸にも行き詰ってしまったら、その時は必ず別の手段を考えなければなりません。そして「別の手段」は必ずあります。

青少年期の悩みの特徴は、この「別の手段」を考えられないことと、「別の手段」があるなどという発想そのものが持てないところにあります。これは人生経験の少なさ故に仕方のないものです。

友人との事で悩むなら、この大どんでん返しな発想をまず持ちましょう。「悩んでまでも付き合う必要のある友人なのか?」と。

あなたに無用の悩みを与える人間となぜ友人でいなければならないのですか?

また逆にその人間を打ち倒すことに、何故あなたの貴重な時間と心を費やさなければならないのですか?

どちらの手段をとってもあなたの悩みを深くします。心の傷は深まります。

やめましょう。

別の手段を取りましょう。

その友人を必要としない、あなた自身の世界をしっかり作りましょう。

しかし、もしかしたらそれが出来ないところにあなたの本当の苦しみがあるのではないですか?

だとするとあなたの悩みの正体は、その友人ではありません。であれば友人の事をいくら思い悩んでも解決はしません。

なら、また別の手段を考えましょう。

絶望してはいけません。

実はそれならそれで、打てる手はいくらでもあるからです。

というように、考えを進めて次に打てる手をどんどん打って行きましょう。

いつの間にかもともとの悩みは消えていて、人間的に一回り大きくなった自分に出会えるでしょう。

確かに悩みは辛いものですが、そこに立ち至った時にどうするかで、人間のその後の成長は大きく変わります。

逆の事を言えば、幸せになるチャンスが来ているわけです。

打てる手はいくらでもある

この事を信じて乗り越えて行って下さい。

「じゃあ、どんな手があるの!?」

その相談にはいくらでも乗ります。  
  • LINEで送る


Posted by 仲川学院 │コメント(0)

2018年05月10日 12:44  カテゴリ:子育てカテゴリ:不登校カテゴリ:

講師冥利につきる瞬間



〜あー、先生やってて良かったな〜

二年生の後半から、頑張って私たちの塾に通ってくれている子がいます。

その子は不登校でした。

不登校というと、とかく「学校にも行かずに楽をしている」とみられがちです。

しかしながらそれは多くの場合誤解です。むしろ深い悩みや苦しみと戦いながら日々を過ごしています。

その子も、そうした偏見を受ける一人でした。

悩んで悩んで、苦しんで苦しんで私たちの塾の門を叩きに来てくれました。

不登校の悩みは、大きい事は分かるもののその形は様々です。どうしたらその子の背負っている大き過ぎる荷物を降ろさせてやれるのか。何をしてやれば、どんな言葉をかけてやれば苦しみから逃れさせてやれるのか。そして再び立ち上がってくれるのか。重い責任を帯びた試行錯誤の始まりです。

たくさんの引き出しの中から、その子に合いそうなやり方を引っ張り出し、本当にそれがその子のためになるのか自問自答しながら、苦しみ抜きながらの指導になります。

いろんな悩みを打ち明けてもくれ、その度に必死に答え、私のもとでがんばり、時には私に頑張らされながら、ここまで来ました。

三年生になった今、その子は再び登校を始め、今日学校であった英語の小テストの答案を、嬉しそうにもって来てくれました。

満点でした。

こういう瞬間に出くわすたび、講師をやってきて良かった、この道を選んで良かったと心底思わされます。

生徒の頑張りが一番大きいのは言うまでもありませんが、自分の懸命の努力も間違っていなかったと知る事は、人生の中で他には味わう事は中々できない喜びです。

良く頑張ったと褒めたい気持ちと同時に、お礼を言わせてもらいたい気持ちが湧き上がって来て止まりません。

頑張ってくれてありがとう。

君に心から感謝する。

  
  • LINEで送る


Posted by 仲川学院 │コメント(0)

2018年05月10日 08:40  カテゴリ:子育て

子供の人生は子供のもの


「子供の人生は子供のもの。自分の人生は自分のもの」

さて、心優しい子、人格的に素晴らしい子に出会う事がしばしばあります。

しかしそういう子が「自分はダメな人間だから」「人から優しくしてもらう資格は無いから」「自分は何もできないから」と、見事に自分を全否定している事が間々あります。

そして他人やら身内に振り回されて、せっかくの楽しかるべき青春を棒に振ってしまいます。

こんな可哀想な事が有って良いはずはありません。

私は正直者がバカをみたり、素直な良い子が誰よりも悲しい目に遭うのは我慢なりませんので、ゆっくりと時を待って、しかし根掘り葉掘りその子の人生を聞きます。

そうした中で、ある共通点が見えて来ます。

親に、殊に母親から、幼少時にこういう事を言われ続けています。

「あなたが大好き」
「あなただけが私の生きる希望」

ここまでで止まれば良いのですが、エスカレートします。

「あなたにはこういう人になって欲しい」
「あなたはこうならなければならない」
「こんな事を考えるあなたは嫌い」
「私の要求を叶えられないのは、悪い子」

ここまで来ると、完全に人格支配です。

幼少期には子供にとって母親は全てですから、子供の方は「こういう自分でなければお母さんに愛してもらえない」と焦ります。

そして自分の本当の感情など投げ捨ててでも母親の要求に応えようとします。

そして先程の「あなただけがお母さんの生きる希望」という言葉も胸に突き刺さっていて、優しい子であればあるほどお母さんを喜ばせる為に、自分の感情は二の次にしてお母さんの、特に言外の要求を必死で汲み取ります。

さらに不幸な事に、反抗期という、その呪縛から逃れるせっかくの時期があるのに、優しさ故にその子は母親の過剰な要求を振り切れません。お母さんが可愛そうだと感じて。

そうなると思春期を過ぎても、何をするにも「お母さん」が基準になってしまいます。

「お母さんが喜ぶから」「お母さんが悲しむから」

どこに自分がいません。

お母さんはどんなに大切でも、自分からすれば他者の一人です。特別な他者ではありますが。

何をするにも他者の思惑ばかりに動かされては、自分を必ず見失う日が来ます。自分がどんな人間で、何を望んで、何をしたいのか必ず分からなくなります。

そしてお母さんの基準に合っていない自分は全て「悪」になってしまい、そこから激しい自己否定が始まります。

またお母さんと自分は、言うまでもなく違う人間なので、その望みは必ず異なってきます。

実はそれこそが自分にとって一番大切な「人生への希望」なのですが、先述の通り、それを悪いものとしか捉えられません。

こうなって来ると、いよいよ他人と接する事がつらくなり、自分がどうやって何をして行きたら良いのかさえ分からなくなります。

人生の責任は、それぞれ個人が負うものです。

その為に学校があり、また社会があります。

そこで自分の人生を負えるのは自分しかいませんし、他者の人生の責任は負えません。

それでも心優しい子は、他者の人生まで負おうとします。

それは多くの場合、人並み外れた強い精神力と財力が無ければ失敗します。

共倒れになります。

なので、他者の人生は、一旦置いておきましょう。

それは考えずに、自分がまず幸せになりましょう。

自分が幸せになれば、ようやく、他者の人生の一部を背負えるようになります。

これは不思議な事ですが、自分を幸せにできない人は、なぜか他人を幸せにできません。

なので、他者の思惑に自分が縛られていると思う人は、まずはそれを捨てましょう。

どんなに大切な他者でも、どんな事になろうとも、その人の人生の責任はその人が負うものです。

その事を肝に銘じてください。

そのかわり、

自分が充分に幸せになってからは、大切な他者の事を考え、手を差し伸べて助けてあげましょう。

それが思いやりであり、親孝行の順序です。

  
タグ :子育て,塾
  • LINEで送る


Posted by 仲川学院 │コメント(0)