2018年05月10日 08:40  カテゴリ:子育て

子供の人生は子供のもの


「子供の人生は子供のもの。自分の人生は自分のもの」

さて、心優しい子、人格的に素晴らしい子に出会う事がしばしばあります。

しかしそういう子が「自分はダメな人間だから」「人から優しくしてもらう資格は無いから」「自分は何もできないから」と、見事に自分を全否定している事が間々あります。

そして他人やら身内に振り回されて、せっかくの楽しかるべき青春を棒に振ってしまいます。

こんな可哀想な事が有って良いはずはありません。

私は正直者がバカをみたり、素直な良い子が誰よりも悲しい目に遭うのは我慢なりませんので、ゆっくりと時を待って、しかし根掘り葉掘りその子の人生を聞きます。

そうした中で、ある共通点が見えて来ます。

親に、殊に母親から、幼少時にこういう事を言われ続けています。

「あなたが大好き」
「あなただけが私の生きる希望」

ここまでで止まれば良いのですが、エスカレートします。

「あなたにはこういう人になって欲しい」
「あなたはこうならなければならない」
「こんな事を考えるあなたは嫌い」
「私の要求を叶えられないのは、悪い子」

ここまで来ると、完全に人格支配です。

幼少期には子供にとって母親は全てですから、子供の方は「こういう自分でなければお母さんに愛してもらえない」と焦ります。

そして自分の本当の感情など投げ捨ててでも母親の要求に応えようとします。

そして先程の「あなただけがお母さんの生きる希望」という言葉も胸に突き刺さっていて、優しい子であればあるほどお母さんを喜ばせる為に、自分の感情は二の次にしてお母さんの、特に言外の要求を必死で汲み取ります。

さらに不幸な事に、反抗期という、その呪縛から逃れるせっかくの時期があるのに、優しさ故にその子は母親の過剰な要求を振り切れません。お母さんが可愛そうだと感じて。

そうなると思春期を過ぎても、何をするにも「お母さん」が基準になってしまいます。

「お母さんが喜ぶから」「お母さんが悲しむから」

どこに自分がいません。

お母さんはどんなに大切でも、自分からすれば他者の一人です。特別な他者ではありますが。

何をするにも他者の思惑ばかりに動かされては、自分を必ず見失う日が来ます。自分がどんな人間で、何を望んで、何をしたいのか必ず分からなくなります。

そしてお母さんの基準に合っていない自分は全て「悪」になってしまい、そこから激しい自己否定が始まります。

またお母さんと自分は、言うまでもなく違う人間なので、その望みは必ず異なってきます。

実はそれこそが自分にとって一番大切な「人生への希望」なのですが、先述の通り、それを悪いものとしか捉えられません。

こうなって来ると、いよいよ他人と接する事がつらくなり、自分がどうやって何をして行きたら良いのかさえ分からなくなります。

人生の責任は、それぞれ個人が負うものです。

その為に学校があり、また社会があります。

そこで自分の人生を負えるのは自分しかいませんし、他者の人生の責任は負えません。

それでも心優しい子は、他者の人生まで負おうとします。

それは多くの場合、人並み外れた強い精神力と財力が無ければ失敗します。

共倒れになります。

なので、他者の人生は、一旦置いておきましょう。

それは考えずに、自分がまず幸せになりましょう。

自分が幸せになれば、ようやく、他者の人生の一部を背負えるようになります。

これは不思議な事ですが、自分を幸せにできない人は、なぜか他人を幸せにできません。

なので、他者の思惑に自分が縛られていると思う人は、まずはそれを捨てましょう。

どんなに大切な他者でも、どんな事になろうとも、その人の人生の責任はその人が負うものです。

その事を肝に銘じてください。

そのかわり、

自分が充分に幸せになってからは、大切な他者の事を考え、手を差し伸べて助けてあげましょう。

それが思いやりであり、親孝行の順序です。

  
タグ :子育て,塾
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Posted by 仲川学院 │コメント(0)